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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)345号 判決 1998年11月24日

東京都中央区銀座二丁目6番5号

原告

マイクロアルジェコーポレーション株式会社

代表者代表取締役

竹中裕行

訴訟代理人弁護士

中島敏

同弁理士

須藤阿佐子

岐阜県岐阜市山口町22番地

被告

田中美穂

訴訟代理人弁護士

中吉章一郎

同弁理士

遠山俊一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

「特許庁が平成9年審判第2451号事件について平成9年11月17日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「ドナリエラ藻体含有軟質カプセル食品とその製造法」(後に、「ドナリエラ藻体含有軟質カプセル食品の製造法」と補正)とする特許第1791717号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。なお、本件発明は、昭和63年2月25日に特許出願(昭和63年特許願第40755号)され、平成4年12月1日の出願公告(平成4年特許出願公告第75752号)を経て、平成5年10月14日に特許権設定の登録がされたものである。

原告は、平成9年2月12日に本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求した。

特許庁は、これを平成9年審判第2451号事件として審理した結果、平成9年11月17日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年12月3日にその謄本を原告に送達した。

2  本件発明の特許請求の範囲

カプセル封入懸濁液の300重量部に、1~10重量部の天然ロウと1~10重量部の乳化剤とを混和して得た乳化剤液に、上記カプセル封入懸濁液の300重量部に対する割合が、10~240重量部のドナリエラ藻体乾燥粉末と10~260重量部の動植物油脂と1~10重量部の抗酸化剤とを、真空下で攪拌処理して懸濁液を得た後、得られた懸濁液を、不活性ガスの存在下で、遮光性軟質カプセルに充填することを特徴とするドナリエラ藻体含有軟質カプセル食品の製造法。

3  審決の理由

別紙審決書「理由」写しのとおり(ただし、12頁8行ないし10行の「懸濁液300重量部及び乳化剤1~10重量部に対して1~10重量部の割合で天然ロウを配合」を、「懸濁液300重量部に対して乳化剤1~10重量部及び1~10重量部の割合で天然ロウを配合」に改める。なお、審決における甲第1・3号証を、以下「引用例1・2」という。)

4  審決の取消事由

審決は、各引用例記載の技術内容を誤認した結果、本件発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  引用例1記載の技術内容について

審決は、引用例1記載の発明が天然ロウ、乳化剤等を配合する理由は、β-カロチンと油脂との分離を防止して安定に懸濁した美しい外観のカプセル食品を得ることにあるから、ドナリエラ藻体自体をカプセル化した健康食品を得ることを企図する当業者であっても、繊維質などβ-カロチン以外の成分が大部分を占めるドナリエラ藻体乾燥粉末に、引用例1記載の技術を適用して、「天然ロウ、乳化剤、及び動植物製油脂」を本件発明の要件と同じ割合で配合することまでは想到できない旨判断している。

しかしながら、β-カロチンを安定に懸濁して保存することと、ドナリエラ藻体乾燥粉末を安定に懸濁して保存することとの間には、技術的に実質的な差異がない。すなわち、ドナリエラ藻体は多量のβ-カロチンを含有するが、β-カロチンは、融点183℃の常温固形物である。一方、天然ロウは、粉体等の固形物を油脂中に均質に懸濁(分散)させる作用をもつ物質であって、懸濁の対象となる固形物が、β-カロチンであろうと、ドナリエラ藻体乾燥粉末であろうと、天然ロウの上記作用に何ら変わりはない。

したがって、ドナリエラ藻体乾燥粉末が繊維質等を含有することは、引用例1記載の技術をドナリエラ藻体乾燥粉末に適用することの妨げとはなりえない(現に、被告が発明者である発明の特許出願公告公報である引用例2には、ドナリエラと同類の微細藻類であるクロレラについて、「クロレラ藻体の乾燥粉末または熱水抽出液もしくは熱水抽出液粉末」(1欄18行、19行)との記載があり、これらは懸濁の方法において全く同等に扱われているのである。)。

そして、引用例1記載の「天然ロウ、乳化剤、及び動植物製油脂」の配合割合が、本件発明が規定するそれらの配合割合の範囲内であることは審決認定のとおりであるから、審決の前記判断は誤りである。

(2)  引用例2記載の技術内容について

審決は、ドナリエラ藻体自体を、引用例2記載のクロレラと同様に油性懸濁液として軟質カプセルに封入すること、その際に懸濁を容易にするために乳化剤を配合することは当業者が容易に想到できるといえるとしながら、当該油性懸濁液に対して更に天然ロウを配合することは、(引用例1記載の天然ロウの添加目的が油脂とβ-カロチンとの分離を防ぐことである点を考慮すれば)当業者であっても容易になしうるとすることには無理がある旨判断している。

確かに、引用例2には、クロレラ含有油脂食品に天然ロウを配合することは記載されていない。しかしながら、蜜ロウ等の天然ロウは、食品衛生法によって食品添加物としての使用が認められ、各種の用途に汎用されているものであって、懸濁剤としての使用も古くから知られている。したがって、引用例2記載のクロレラ藻体をドナリエラ藻体に置き換え、ドナリエラ藻体乾燥粉末を食用油脂中に懸濁するに当たって、天然ロウを配合することは、当業者が何の困難もなくなしうる事項にすぎないから、審決の上記判断も誤りである。

第3  被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  引用例1記載の技術内容について

原告は、天然ロウが有する懸濁作用は、懸濁の対象となる固形物が、β-カロチンであろうと、ドナリエラ藻体乾燥粉末であろうと、何ら変わりはないから、ドナリエラ藻体乾燥粉末が繊維質等を含有することは、引用例1記載の技術をドナリエラ藻体乾燥粉末に適用することの妨げとはなりえない旨主張する。

しかしながら、本件発明が、ドナリエラ藻体乾燥粉末自体を有効に食品化することを企図するものであるのに対して、引用例1記載の発明は、「溶解度以上にβ-カロチンを含有する油脂」(1頁右下欄4行、5行)を対象とし、油脂とβ-カロチンとの分離を防止して、外観の美しいβ-カロチン製剤を得ることを目的とするものである。そして、引用例1記載の発明は、上記の目的を達成するためにこそ、天然ロウの配合を必須の要件としているのであるから、原告の上記主張は失当である。

2  引用例2記載の技術内容について

原告は、天然ロウは各種の用途に汎用され、懸濁剤としての使用も古くから知られているから、ドナリエラ藻体乾燥粉末を食用油脂中に懸濁するに当たって、天然ロウを配合することは、当業者が何の困難もなくなしうる事項である旨主張する。

しかしながら、仮に天然ロウが各種の用途に汎用されており、懸濁剤としての使用も古くから知られているとしても、引用例2記載の発明のクロレラ含有油脂食品に懸濁剤を配合する動機付けが存在しない以上、原告の上記主張も失当である。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。

第2  甲第2号証(平成4年特許出願公告第75752号公報)によれば、本件発明の概要は次のとおりと認められる。

1  技術的課題(目的)

本件発明は、ドナリエラ藻体中に含有される有効成分(特に、β-カロチン)を変質させることなく利用した健康食品の製造法に関するものである(1欄14行ないし17行)。

単細胞緑藻類のドナリエラを適当な条件下で培養すると多量のβ-カロチンを産出すること、ドナリエラ藻体から分離したβ-カロチンを食品、化粧品、飼料等の天然着色料あるいは添加物として利用することは、従来から周知である。しかしながら、ドナリエラ藻体自体を、β-カロチンを破壊することなく利用して健康食品とすることは、これまで行われていなかった(1欄19行ないし2欄4行)。

ドナリエラ藻体は、蛋白質、脂質、糖質、鉄分、ビタミン類等を含有している。本件発明の目的は、共役結合をもつβ-カロチン(プロビタンA)を損ずることなくドナリエラ藻体を加工し、かつ、安定に保存できる健康食品の製造法を創案することである(2欄6行ないし12行)。

2  構成

本件発明は、上記目的を達成するために、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1欄2行ないし11行)。

3  作用効果

本件発明によれば、ドナリエラ藻体乾燥粉末中のβ-カロチンを破壊することなく、かつ、その含有量を逓減することなしに、ドナリエラ藻体の有効成分を安定に保有した健康上有用なカプセル食品を得ることができる(4欄22行ないし26行)。

第3  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

1  引用例1記載の技術内容について

原告は、天然ロウは固形物を油脂中に均質に懸濁させる作用をもつ物質であって、懸濁の対象となる固形物が、β-カロチンであろうと、ドナリエラ藻体乾燥粉末であろうと、天然ロウの上記作用に何ら変わりはないから、ドナリエラ藻体乾燥粉末が繊維質等を含有することは、引用例1記載の技術をドナリエラ藻体乾燥粉末に適用することの妨げとはなりえない旨主張する。

検討すると、甲第3号証によれば、引用例1には、次のような記載があることが認められる。

a  「特許請求の範囲 2.

β-カロチンを油脂に懸濁した液に乳化剤及び/又は天然ロウを添加、混合し、ついで該混合物をゼラチン製軟カプセルに充填し、乾燥することを特徴とするβ-カロチン製剤の製造法。」(1頁左下欄7行ないし10行)

b  「β-カロチンの油脂類に対する溶解度は非常に低いため(中略)溶解度以上にβ-カロチンを含有する油脂をゼラチン軟カプセルに被包しても、β-カロチンの分離が生じ外観を損なうという問題を有している。このため、溶解度以上にβ-カロチンを含有する油脂のβ-カロチンの分離を防止して、安定に懸濁させた、美しい外観を有する軟カプセルを製造することは従来困難である。」(1頁右下欄3行ないし11行)。

c  「多量のβ-カロチンを含みかつ油脂とβ-カロチンが分離していない様なβ-カロチン製剤は開発されていない。」(2頁左上欄5行ないし7行)。

d  「本発明方法によると、β-カロチンを油脂に懸濁した液に乳化剤及び/又は天然ロウを添加、混合(中略)することにより、油脂とβ-カロチンの分離のないβ-カロチン製剤を得ることができる。」(2頁左上欄9行ないし14行)

e  「本発明方法ではβ-カロチンを油脂中に懸濁させ、ついで乳化剤及び/又は天然ロウを添加し、β-カロチンを均一に懸濁させる。」(2頁右上欄12行ないし14行)

f  「本発明方法により、多量のβ-カロチンを含みかつ油脂とβ-カロチンが分離していないβ-カロチン製剤を得ることができる。」(4頁左上欄5行ないし7行)

以上の記載によれば、引用例1記載の発明は、β-カロチンを含有する油脂のカプセル製剤において、油脂に溶解度以上の多量のβ-カロチンを含有させると、油脂とβ-カロチンが分離して、カプセル製剤の外観が損なわれることを解決すべき問題点として捉え、これを解決するために、既に一定の懸濁状態にある液に、乳化剤及び/又は天然ロウを添加することによって、更に均一な懸濁状態を得る構成を採用したものであることが明らかである。

これに対して、ドナリエラ藻体乾燥粉末は、成分の大部分が繊維質等のβ-カロチン以外のものであるから、これを油脂に大量に含有させても、油脂とドナリエラ藻体乾燥粉末が明確に分離することはないと解される。また、油脂に含有させたドナリエラ乾燥粉末は、時間の経過とともに、ある程度沈殿することは避けられないと解されるが、この事実も、乳化剤等の添加を直ちに動機付けるとはいえない(この判断は、食用油脂に、クロレラ藻体乾燥粉末を含有させることを技術内容とする後記引用例2記載の発明が、乳化剤等の添加を全く考慮していないことによっても、裏付けられる。)。そうすると、引用例1記載の方法をドナリエラ藻体乾燥粉末に適用するに際して、既に一定の懸濁状態にある液に、殊更「乳化剤及び/又は天然ロウを添加、混合」して、更に均一な懸濁状態を得る動機付けは存在しないといわざるをえない。

したがって、ドナリエラ藻体乾燥粉末が繊維質等を含有することは、引用例1記載の技術をドナリエラ藻体乾燥粉末に適用することの妨げとはなりえないという原告の主張は、失当であって、採用することができない。

2  引用例2記載の技術内容について

原告は、天然ロウは各種の用途に汎用されているものであって、懸濁剤としての使用も古くから知られているから、引用例2記載のクロレラ藻体をドナリエラ藻体に置き換え、ドナリエラ藻体乾燥粉末を食用油脂中に懸濁するに当たって、天然ロウを配合することは、当業者が何の困難もなくなしうる事項にすぎない旨主張する。

検討すると、甲第5号証によれば、引用例2には次のような記載があることが認められる。

a  「特許請求の範囲 1

植物性食用油脂に、該食用油脂100部に対して、7.0~8.0部のクロレラ藻体の乾燥粉末または熱水抽出液もしくは熱水抽出液粉末と、0.5~1.5部の強壮薬用植物の乾燥粉末または浸出液もしくは浸出液粉末とを混和し均質な油性懸濁液を得た後、この懸濁液を常法によって軟質カプセルに封入することを特徴とするクロレラ含有油脂食品の製造法。」(1欄16行ないし24行)

b  「食用植物油に、クロレラ・強壮薬用植物の有効成分含有物を均質に混合するには、クロレラと強壮薬用植物との両者の有効成分含有物が、(1)両者共に液体である場合、(2)両者共粉体である場合、(3)いづれか一方が液体である場合がある。(1)の場合には、両者の液体をそのまま、またはそれぞれ可食性粉末に吸収させて粉状体として食用植物油に均質に混和する。(2)の場合には、両者の粉末を混和した後、これを食用植物油に均質に混和する。(3)の場合には、いづれか一方の液体を均質に食用植物油に混和した後、この油性懸濁液に他方の粉体を均質に混和する。また、(1)と(3)との場合において、比較的添加量の多いクロレラ熱水抽出液を添加する場合には、予め熱水抽出液に可食性粉末を加えて水分を可及的に吸着させることが好ましいのである。そして、水分吸着剤としての可食性粉末に必要量の強壮薬用植物乾燥粉末を加えてこれにクロレラ熱水抽出液を混和し粉末として、食用植物油に均質混和することもできる。」(3欄23行ないし4欄8行)

c  「本発明によれば、コレステロール低下作用を有する食用油脂を多量に含み、かつ均質化されているので、たとえ水分含有量の多いクロレラ熱水抽出液を含有していても軟質カプセルを膨潤させることなく製造でき、かつ得られる製品の保存性も優れている」(4欄24行ないし29行)

以上の記載によれば、引用例2記載の発明は、食用油脂にクロレラ藻体の乾燥粉末等と強壮薬用植物の乾燥粉末等とを混和して得た均質な懸濁液を、軟質カプセルに封入した食品の製造法を創案することを目的とするものであるが、均質な懸濁液を得る具体的な方法は、発明の詳細な説明において、混和の順序や可食性粉末を加えること等が記載されているのみである。そして、引用例2には、何らかの懸濁剤を配合することは示唆すらされていないことをも併せ考えると、引用例2記載の発明が必要とする懸濁状態は、上記bの方法によって得られる懸濁状態で十分であると解することができる。そうすると、たとえ天然ロウが各種の用途に汎用されているものであり、懸濁剤としての使用も古くから知られているとしても、ドナリエラ藻体乾燥粉末を食用油脂中に懸濁するに当たって、既に一定の懸濁状態にある液に、更に天然ロウを配合する動機付けは存在しないといわざるをえない。

したがって、引用例2記載のクロレラ藻体をドナリエラ藻体に置き換え、ドナリエラ藻体乾燥粉末を食用油脂中に懸濁するに当たって、天然ロウを配合することは、当業者が何の困難もなくなしうる事項にすぎない旨の原告の前記主張も、失当であって、採用することができない。

3  以上のとおりであるから、原告が主張する理由及び提出する証拠によっては本件発明の特許を無効とすることはできないとした審決の認定判断は、正当であって、審決には原告主張のような違法はない。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年11月10日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

理由

Ⅰ. 本件特許第1791717号の請求項1に係る発明(以下、本件発明という。)は、昭和63年2月25日に出願され、平成4年12月1日に出願公告(特公平4-75752号公報)された後、平成5年10月14日にその特許の設定の登録がなされたものである。

Ⅱ. 本件審判請求については、請求人と被請求人の間で当事者適格が争われている。即ち、被請求人は、本件審判請求に関し、請求人であるマイクロアルジェコーポレーション株式会社は、被請求人が代表取締役の株式会社日建総本社の従業員らが在職中に本件特許等を侵害する目的で設立した会社であり、現に特許権侵害や不正競争を行っているものであり、本件保護法益はなく、実質的利害関係がない、と答弁書で主張している。

しかしながら、特許無効の審判の請求人については、当該特許権などの存否によって、その権利に対する法律的地位に直接の影響を受けるか、または受ける可能性のある者は、その権利について利害関係を有するものであるところ、請求人は、本件特許権者が原告として、本件特許に関し東京地方裁判所に提起した、平成6年(ワ)第17185号特許権侵害差止等請求事件の被告であることからみて、本件特許権の行使により不利益を被ることは明らかである。

したがって、請求人は、本件審判請求に関して利害関係を有するものであるとするのが相当である。

Ⅲ. 次に本件発明について、その特許を無効とすべき理由があるか否かについて検討する。

1. 本件発明について:

本件発明は、本件特許明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された下記のとおりのものであると認める。

「カプセル封入懸濁液の300重量部に、1~10重量部の天然ロウと1~10重量部の乳化剤とを混和して得た乳化剤液に、上記カプセル封入懸濁液の300重量部に対する割合が、10~240重量部のドナリエラ藻体乾燥粉末と10~260重量部の動植物油脂と1~10重量部の抗酸化剤とを、真空下で攪拌処理して懸濁液を得た後、得られた懸濁液を、不活性ガスの存在下で、遮光性軟質カプセルに充填することを特徴とするドナリエラ藻体含有軟質カプセル食品の製造法。」

2. 請求人の主張:

これに対し、請求人は、本件発明の出願前に頒布された刊行物である甲第1号証(特開昭62-77317号公報)、甲第2号証(特開昭58-128141号公報)、及び甲第3号証(特公昭56-22258号公報)を提示して、

(1)本件発明は、甲第1号証に記載された発明と実質同一であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない、または、

(2)本件発明は、甲第1号証ないし甲第3号証に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、

ものであるから、本件特許は特許法第123条第1項第2号により無効とされるものであると主張している。

3. 当審の判断:

(イ)主張(1)について

甲第1号証には、「β-カロチンを油脂に懸濁した液に乳化剤及び/又は天然ロウを添加、混合し、ついで該混合物をゼラチン製軟カプセルに充填し、乾燥することを特徴とするβ-カロチン製剤の製造法。(特許請求の範囲第2項)」が記載されており、その目的とするところは、β-カロチンの酸化の防止と安定化のためにゼラチンなどでカプセル化するという従来のβ-カロチン製剤化技術において、油脂類に対する溶解度が非常に低いβ-カロチンと、その溶解度以上にβ-カロチンを含有する油脂との分離を防止して、安定に懸濁させた美しい外観を有するβ-カロチンの軟カプセル製剤を製造することである。

一方、本件発明は、β-カロチンをその有効成分として含むドナリエラ藻体自体を利用した健康食品に関するものである。

ドナリエラ藻体を培養し多量に産生させたβ-カロチンを分離し、そのβ-カロチンを利用することが本件出願前に当業者にとって周知事項であったことが請求人の主張のとおりであったとしても、ドナリエラ藻体自体の乾燥粉末は、β-カロチンを有効成分として含むとはいえ、量的にはむしろそれ以外の成分である「たんぱく質、脂質、糖質、鉄分、ビタミン類(本件に係る特許公告公報第1頁右欄第6~7行)」、さらには、藻体の形態を保つために必要な繊維質も含有するから、ドナリエラ藻体から単離された化学物質であるβ-カロチンとは明らかに区別されるものであって、同列に論じられない。

なるほど、甲第1号証には、β-カロチンとして「植物界・・・から得られたもの(第2頁左欄第15~16行)」を用いることが記載されているが、そもそも甲第1号証の発明の目的が、上述の如くβ-カロチンの軟カプセル製剤中のβ-カロチンと油脂との分離を防止して、安定に懸濁させた美しい外観を有せしめるところにあることを考慮すれば、上記記載はあくまで「植物体から抽出分離して得たβ-カロチン」を指すにとどまり、β-カロチンを産生する「植物体自体」を用いることまでは意味しないことは明らかである。

したがって、ドナリエラ藻体含有軟質カプセル食品の製造法に係る本件発明が、β-カロチン製剤の製造法に係る甲第1号証に記載された発明と同一であるということはできないから、上記主張(1)は採用しない。

(ロ)主張(2)について

(ⅰ)本件発明がβ-カロチンをその有効成分として含むドナリエラ藻体自体を利用した健康食品に関するものであるのに対して、甲第1号証に記載された発明はβ-カロチンの軟質カプセル製剤化方法に係るものであって、甲第1号証には、その発明をβ-カロチンを産生する植物体自体の健康食品化に適用できることを示唆する記載がないことは上述の如くである。

ところで、甲第1号証に記載される発明においては、β-カロチンをゼラチンなどの軟質カプセルに充填する際に、天然ロウ、乳化剤、及び動植物製油脂を、本件発明で規定している配合割合の範囲内で懸濁液状態として用いている点で、一応本件発明と共通の構成を有している。

しかしながら、甲第1号証の発明において、天然ロウ、乳化剤などを配合する理由としては、当該発明の主要な目的である、軟カプセル製剤中のβ-カロチンと油脂との分離を防止して、安定に懸濁させた美しい外観を有せしめるという目的に添ったものであるといえるから、たとえドナリエラ藻体自体を軟質カプセル化した健康食品を得ようと想起する当業者があったとしても、繊維質をはじめ、たんばく質、脂質、糖質、鉄分、ビタミン類などβ-カロチン以外の成分が大部分を占めるドナリエラ藻体乾燥粉末に対して、甲第1号証に記載されるβ-カロチンの製剤化技術を適用し、「天然ロウ、乳化剤、及び動植物製油脂」を同じ割合で配合しようとすることまでは想到できるものではない。

また、甲第1号証には、他にβ-カロチンを産生する植物体自体にも適用できることを示唆する記載はない。

そして、本件出願前の健康食品の分野で、単離された有効成分の製剤化技術を、その採取源の食用化技術に転用することが常套の手段であったということもできない。

(ⅱ)甲第2号証に記載される発明も、β-カロチンなどのカロチノイド類の、安定で自己乳化分散型のソフトカプセル剤の製法に係るものであり、カロチノイド類を産生する天然原料のソフトカプセル化についての記載はない。

なお、甲第2号証には、「カロチノイド類としてはα・β・γ-カロチン、・・・その他合成法にて得られたもの並びに天然に生成されたものを目的の濃度になるように適宜用いられる。(第2頁右上欄19行~左下欄4行)」と記載されているが、この「天然に生成されたもの」という用語に「β-カロチンを産生する天然物自体」が含まれるか否かについて甲第2号証の他の記載を以下検討する。

甲第2号証第2頁右上欄2~3行には、「カロチノイド類を含有する油脂類が界面活性剤及び多価アルコールの作用により自己乳化、分散して」と記載されているように、甲第2号証の発明の主要な目的の1つがカロチノイド類含有ソフトカプセル剤の「自己乳化、分散性」であって、「水に溶解しない」という欠点を有するカロチノイド類の使用上の制限を取除くことにあるといえる。

そうであれば、甲第2号証の「カロチノイド類」として、明らかに水に溶解しない繊維質をはじめ、β-カロチン以外の成分が大部分を占めることの明らかな「β-カロチンを産生する天然物自体」を用いることは考えられないから、上記「天然に生成されたもの」という用語の意味するところは、単に「合成カロチノイド類」と対比させた「天然物から単離精製されたカロチノイド類」であると考えるのが妥当である。

しかして、甲第2号証にも、β-カロチンのソフトカプセル化技術を、β-カロチンを含有するドナリエラ藻体の健康食品化技術に転用することが示唆されているとはいえない。

(ⅲ)甲第3号証には、クロレラ藻体の乾燥粉末または熱水抽出液もしくは熱水抽出液粉末に対して植物性食用油脂、強壮薬用植物の乾燥粉末などを混和し、得られた均質な油性懸濁液を軟質カプセルに封入したクロレラ含有油脂食品が記載されている。

このことから、クロレラと同じ微細藻類であって、しかも有効成分としてβ-カロチンを含むことが知られているドナリエラ藻体自体を健康食品として供するために、甲第3号証に記載されるクロレラ含有油脂食品と同様に油性懸濁液として軟質カプセルに封入すること、及びその際に懸濁を容易にするために乳化剤(界面活性剤)を配合しようとすることまでは、当業者が容易に想到できるとはいえる。

しかしながら、当該油性懸濁液に対してさらに天然ロウを配合することについては、前記甲第1号証にβ-カロチンの製剤化の際に天然ロウを用いることが記載されているといっても、その添加目的が上述の如く油脂とβ-カロチンとの分離を防ぐためであることを考慮すれば、当業者であっても容易になし得るとすることには無理がある。

しかも、本件発明においては、カプセル封入懸濁液300重量部及び乳化剤1~10重量部に対して1~10重量部の割合で天然ロウを配合するものであり、この点も当業者が容易になし得るとすることはできない。

(ⅳ)そして、本件発明は、ドナリエラ藻体乾燥粉末に対して動植物油脂、天然ロウ及び乳化剤を配合した懸濁液を遮光性軟質カプセルに封入すると共に、抗酸化剤の添加などのβ-カロチンの酸化防止処理を施すことで、はじめてドナリエラ藻体中に含有されている有効成分、特にβ-カロチンを変質させることなく利用したドナリエラ藻体自体の健康食品を得ることができたものであると認められる。

(ⅴ)したがって、本件発明は、甲第1号証乃至甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないから、上記主張(2)は採用できない。

Ⅳ. なお、請求人は、審理の終結の通知後の平成9年11月1日付で審理再開を申立てているが、その申立書の内容、並びに同時に提出した弁駁書の内容及び証拠方法を検討しても、当該申立の理由が「重大な証拠の取調べが未済であったとか、審理終結通知と入れ違いに請求の理由の補充、明細書の補正などがされていた場合」にはあたらないので、審理の再開はしない。

Ⅴ. 以上の通りであるから、請求人が主張する理由および提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

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